2013年04月01日

愛知県田原市 潮音寺副住職 宮本道臣 師 「あたりまえの幸せ」

東日本大震災から二年が経ちました。しかしながらまだ被災地では、震災前の様な暮らしに戻れず苦労なさっている方がたくさんおられます。震災の影響を受けなかった人も、いつまたおこるか分からない不安から、お店などで電気・ガス・水道の代用品として、乾電池・ガスボンベ・ミネラルウォーターを買い求めた方も多かったのではないでしょうか?誰しも電気・ガス・水道が大切なのは震災前から分かりきっていた事だと思います。しかしいざ失ってみないと、その本当の大切さに気がつかないものなのかもしれません。
失って改めてその本当の大切さに気がつく物として『健康』があげられます。最近テレビや雑誌で健康に関する特集か組まれている事から、健康を気にしている方多いのではないでしょうか?しかしそんな方でも、日常生活をしている中で、手足が動く、目で物を見る事ができる、耳で音を聞く事ができる、そんな幸せを感じて生活をしている人がどれくらいいるでしょうか?健康な人にとってはあたりまえの事かもしれません。そのあたりまえの事があたりまえでなくなったとしたら・・・。
『家族』についてはどうでしょうか?普段あまり会話のない父親だったとしても、おせっかいばかりの母親だったとしても、当然いるのがあたりまえだった生活が、急にいない生活になったとしたら・・・。
唐の時代の禅僧に百丈禅師という人がいました。ある時、修行僧の一人が百丈禅師に「この上ないありがたい事、すばらしい事とはどんな事でしょうか?」とおたずねになり、百丈禅師は「独坐大雄峰」とお答えになりました。これは、「今私がここにこうして坐っている」という意味で、ありがたい事、すばらしい事というのは決して特別な事だけではない、というのです。
普段あたりまえだと思っている事にもたくさんの幸せがあり、その一つ一つに日々感謝をし、感じる事ができたのなら、自分の心はもっと豊かに(健康など)、人にはもっと優しく(家族など)、物にはもっと大切に(電気など)できるのです。
posted by 曹洞宗東海管区教化センター at 00:00| 宮本道臣 師