2012年12月10日

三重県志摩市 前海庵住職 日山 賢吾老師「菩薩のこころ」

ある朝、お参りでお墓を訪れた時のことです。50代で亡くなられた男性の方の七日七日(亡くなられて49日あけまでの7日ごとのお参りの事)のお参りでした。
男性の奥様は旦那様の他に身寄りがなく、お一人でお墓のお参りを続けていらっしゃいました。

「あぁ、若くして大切な旦那様を亡くされ、どんなにか不安で心細く寂しいことだろう」
そう思った私は、少しでも奥様のお心を癒す助けになる事ができればと、他愛のないお話をし、精一杯お経をあげさせて頂きました。

 お経が終わりに近づいた時。一人のおばあさんが私たちの方へ近づいて来られました。お婆さんはご自分のお墓参りをされていて、丁度帰る途中のようでした。
おばあさんは私に会釈をされると、奥様の方へと近づいていき、心配そうに声をかけられました。

「ふみえちゃん、大変だったねぇ。大丈夫?」。
奥様はこの言葉を聞いて、ニコッと微笑んで答えられました。
「ありがとう、おばちゃん。おばちゃんこそ体大丈夫?」
おばあさんもにっこり微笑んで答えられました。
「うん、ありがとう。私も大丈夫よ」
そう言っておばあさんは、持っていた線香を旦那様の墓前に供えて、手を合わせ帰っていかれまた。

私はこの光景を目の当たりにし、何とも言えない暖かな優しい気持ちになりました。後日分かった事ですが、このおばあさんは、奥様のご近所さんで、おばあさんも数十年前に若くして、旦那様に先立たれていたのでした。ですから、お互いの辛さ、寂しさをよく分かっていたのでしょう。

この出来事は、一見、何の変哲もないよくある光景かもしれません。しかし、このお二人の純粋にお互いの事を思いやる慈愛のこころは、私の心を動かしました。そのお姿は、まるで菩薩様そのものした。
お釈迦様は様々な教えで、他人を思いやることの大切さを説かれています。このお二人のように人を思いやる心を、誰に対しても常に忘れないようにしたいものです。
posted by 曹洞宗東海管区教化センター at 00:00| Comment(0) | 日山 賢吾 老師